Graviness Blog

算数・数学・科学・電脳・雑記・アホの順の密度で記事が構成されます。
<< August 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> ブログランキング・にほんブログ村へ
 
RECOMMEND
ビッグバン宇宙論 (上)
ビッグバン宇宙論 (上) (JUGEMレビュー »)
サイモン・シン, 青木 薫
RECENT COMMENT
  • 豊臣秀吉と曾呂利新左衛門から学ぶ数列の和
    優乃 (07/12)
  • 【誰か解いて】漸化式 a_(n+1) = f(n) * a_n ^ g(n) + h(n) の一般項
    優乃 (02/18)
  • 【誰か解いて】漸化式 a_(n+1) = f(n) * a_n ^ g(n) + h(n) の一般項
    S.S.+ (02/16)
  • 豊臣秀吉と曾呂利新左衛門から学ぶ数列の和
    坂井昭 (03/19)
  • d/dx(x↑↑n): 高さが定数のテトレーションの微分 - 数学的帰納法を用いる方法
    (09/30)
  • 全ての三角形は二等辺三角形
    優乃 (09/28)
  • 全ての三角形は二等辺三角形
    亀レス (09/28)
  • 全ての三角形は二等辺三角形
    優乃 (09/24)
  • 全ての三角形は二等辺三角形
    亀レス (09/23)
  • 【未解決】新しい演算子を創る
    $_ (09/10)
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
思いつくままにフワッとした話
いくつか話題区切ります。

JUGEMテーマ:日記・一般
[月の話]

地球上からは月の裏側を観ることはできません。逆をいうと月は地球に対して常に表を観せています。人はいつも(大体)同じ月の姿を観ていることになります。これは月の自転周期と公転周期が一致しているからです。

なお地球の自転周期は長くなっていて、遠い将来は地球の自転周期と月の公転周期が一致します。これは永久に月を観ることができなくなる地域があることを意味します。

[生物の定義の話]

世の中にはその名の通りありとあらゆる物質がありますが、何が生物で何が生物ではないのかの境界を引くことは難しいです。植物は生物か?昆虫は?ウィルスは?バクテリアは?細胞は?RNAは?

仮に言葉上でこの境界が引けたところで物理的にどこまでが生物の一部なのか疑問を抱きます。

あなたは自分の髪の毛を自分の体の一部だと思うだろうが、抜けた髪の毛はあなたの体の一部か?と問われると疑問です。今、あなたの体内を流れている血はあなたの一部だと思うだろうが、流血してしまった血はあなたの一部だろうか?あなたが今着ている服をあなたの一部だと考える人は少数派かも知れません。

こういった話の答えに、とある小説に次のようなことが書いてありました。

「物理法則に従い数学的な連続性をもつもの(将来予測が不可能なもの)。そしてその物質的な定義はある単位時間に影響を与えることが可能な範囲。」

わたしが書くと難しいですね(笑)

惑星の軌道やロケットの軌道などなどは将来の予測が可能です。つまり、いついつどこに存在し、そのときどんな状態なのかを物理法則に従い計算して未来を予測することができます。例えば、今のテクノロジーだと、とある惑星や隕石、そして地球の一ヶ月後の位置と速度を厳密に予測可能なのです。

しかし人間の場合そうはいきません。「あなたは一時間後にこのコップを手に持っている」と仮に数学的に計算できたとしても、実際一時間後にあなたはそのコップを手に持たない未来を選択することができます。ある意味で未来を変えることができるわけです。

ざっくり言うと相対性理論の範囲で未来予測不可能なものは生物である、と考えることもできます。

そしてその範囲ですが、事象の地平線の考えが必要になりますがここでは詳しくは述べません。単位時間が例えば1プランク時間内に意思が物質的に影響を与える範囲とすれば1プランク長内の物質すべてとなります。こんな短い距離では“自分の”細胞を含めてすべて自分ではなくなりそうですね。適当な長い距離をとれば、今あなたが座っている椅子の凹んだ部分あたりまでは自分の体の一部と言えるのかも知れません。

[生命を大事にするって話]

生命は大切です。当たり前です。

しかし常に矛盾があることも事実です。生命は大切と考えていても、安楽死をしたいと懇願する人の願いを叶えてあげる選択をする人も世の中にはいるでしょう。とある国の一部では安楽死を認めています。つまり法律で“(条件付きではあるものの)安楽死は間違いではない”と定義しているわけです。人の生命に限らず、人意外の動物の生命も基本的に尊重すべきですが、人類のほとんどがそれらの動物の生命の恩恵を受けて生きていることも事実です。

この問題に対して一般解はないでしょう。最大公約数的な答えがあるとすれば、その国や自治体の憲法・法律・条例であり、これに曖昧なところであれば、個々のポリシーということになるのかも知れません。そのポリシーもまた単純な「生命を守る」などだけであり、それを順守するとしたらその人は毎日苦悩するでしょう(なんせ昆虫などを含めば、日々何億という生命があなたの廻りで消えているのですから)。自分なりの根源的なルールを定めそれをポリシーとし、その範囲内で“頑張る”。例えば動物は食べない、例えば自分の生命を再優先するなどはあります。

というような話は普通の人であれば分かりきったことでしょう(だから、どうした)。

[様々な意見があるって話]

若いときは、これは正しいこれは間違いだと言い切っていたものですが、年齢を重ねるととくに対人に関しては中々言い切ることは難しいものです。ある意味でときには言い切らないこともまた大人の経験というのかも知れません。

海外経験がある人はよく分かると思いますが、日本の価値感が通じないことも少なくありません。良かれと思ったことが迷惑だったこともあるかと思います。そうやって考えていくと、何が正しく何が間違いであるかを区別することは途端に難しくなりますが、少なくともこの日本においては憲法の方向性に従い、法律で明言していることは間違い(もしくは正しい)であるし、考え方の基準の一つになっていることは確かです。
コメント
from: orihika   2014/12/20 9:25 AM
お元気?
相変わらず難しいことやってんね。笑
from: 優乃   2014/12/23 9:43 PM
お〜久し振り〜♪

元気よ。午後ずっと買い物してて今まさに、腰痛いけど(歳w)。

難しいこと考えてるっぽいけど、ただの現実逃避だとぃう。
from: takanorihiraoka   2015/01/05 7:45 AM
セイコーいについて
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://blog.graviness.com/trackback/949258
 

(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.